顧客 ID 統合 - AWS Entity Resolution で分散した顧客データを名寄せする

AWS Entity Resolution を使った顧客データの名寄せ (エンティティ解決) を解説。ルールベース、ML ベース、プロバイダーサービスベースの 3 つのマッチングワークフローと ID マッピング、料金、プライバシー保護、Clean Rooms との統合を紹介します。

顧客データの名寄せ課題

企業の顧客データは CRM、EC サイト、コールセンター、マーケティングツールなど複数のシステムに分散しています。同一の顧客が異なるシステムで異なる表記 (「田中太郎」と「タナカ タロウ」、「東京都港区」と「港区」) で登録されており、これらを同一人物として紐付ける名寄せ (エンティティ解決) は長年の課題です。従来は完全一致やファジーマッチングのロジックを自前で実装する必要がありましたが、表記揺れのパターンが多岐にわたるため精度と網羅性の両立が困難でした。AWS Entity Resolution は、ルールベース、機械学習 (ML) ベース、データサービスプロバイダーベースの 3 種類のマッチングワークフローで顧客データの名寄せを実現するマネージドサービスです。

マッチング方式と設定

Entity Resolution は 3 種類のマッチングワークフローを提供します (公式ドキュメント記載・2026 年 8 月時点)。ルールベースマッチングは、自分で定義した突合ルールを階層的なウォーターフォール方式で上から順に適用します。ルールタイプは Simple と Advanced の 2 つで、ワークフロー作成後に変更はできません。Advanced は 1 つの入力タイプに 1 列を対応付ける前提で完全一致とあいまい一致の両方を扱え、AND / OR と括弧による条件の組み立てができますが、リアルタイム処理と ID マッピングには使えません。Simple は同じ入力タイプへ複数の列をまとめられ、条件は完全一致と AND のみに限られる一方、バッチ処理と増分処理に加えてリアルタイム処理と ID マッピングに対応します。ML ベースマッチングは AWS があらかじめ用意した機械学習モデルが名前、メールアドレス、電話番号、住所、生年月日といった属性を総合的に評価し、一致グループを出力します。表記揺れ、略記、フォーマットの違いをモデル側で処理するため、ルール定義の手間が不要です。データサービスプロバイダーベースマッチングは、LiveRamp のようなプロバイダーが持つ識別子を使って突合する方式で、プロバイダーのサブスクリプションが別途必要になります。これらのマッチングワークフローとは別に、ある識別子体系のレコードを別の体系へ対応付ける ID マッピングワークフローがあり、ルールベースと、LiveRamp のトランスコーディングを使うプロバイダーサービスの 2 通りで実行できます。入力データは AWS Glue Data Catalog 経由で S3 上のデータソースを参照し、1 つのワークフローで指定できるデータ入力は最大 20 個です。スキーママッピングで入力データの列と Entity Resolution の入力タイプ (名前、住所、電話番号、メールアドレスなど) を対応付けます。

ユースケースと Clean Rooms 統合

主なユースケースは、マーケティングの顧客統合 (複数チャネルの顧客データを統合して 360 度の顧客ビューを構築)、不正検知 (異なるアカウントが同一人物であることを検出)、データクレンジング (重複レコードの検出と統合) です。 Clean Rooms との統合により、組織間のデータを共有せずに名寄せを実行できます。たとえば広告主とパブリッシャーが、互いの顧客データを公開せずに共通の顧客を特定し、広告効果を測定するユースケースに活用できます。この構成では各メンバーが自分の管理下にあるデータを持ち寄り、コラボレーションの中で突合だけを行うため、生データそのものの受け渡しが起きません。プロバイダーサービスベースの突合を選べば、LiveRamp の RampID のような識別子を顧客を表すトークンとして使えるため、広告プラットフォームへ顧客データを直接渡さずに済みます。なお Clean Rooms 上で使う Entity Resolution は、単体で使う場合とは課金の体系が別になります。

Entity Resolution の料金

Entity Resolution の料金は、処理したレコード件数を 1,000 件単位で数えて課金されます (2026 年 8 月時点・バージニア北部と東京で実測)。1 レコードは列数によらず 1 行を指し、突合の結果が一致しなかったレコードも処理対象として課金されます。単価はルールベースマッチングと ML ベースマッチングがどちらも 1,000 件あたり 0.25 USD、データサービスプロバイダーベースのマッチングが 1,000 件あたり 0.10 USD です (プロバイダーのサブスクリプション費用は別途)。ID マッピングワークフローも処理レコード件数ベースの課金です。単価は公式料金ページに明記されていないため、AWS Price List (Pricing API) で確認するのが確実です。公式料金ページは料金が AWS リージョンによって変わらないことを明記しており、ルールベースと ML ベースの単価はバージニア北部と東京の料金表で同一であることを確認済みです。なお、データサービスプロバイダーベースのワークフロー (マッチング・ID マッピングとも) は 2026 年 8 月時点でオハイオ・バージニア北部・オレゴンの米国 3 リージョンのみで提供されており、東京リージョンでは利用できません。無料利用枠の対象外である点にも注意が必要です。この単価から、30 万件の処理で 75 USD、100 万件の処理で 250 USD という計算になります。初回の名寄せは全レコードが対象になるためコストが大きくなりますが、ルールベースでは増分処理を有効にすると新規・更新・削除されたレコードだけが課金対象になります。すでに 90 万件を処理済みのテーブルへ新たに 10 万件を追加した場合、課金は増分の 10 万件分にあたる 25 USD だけです。この増分処理は ML ベースマッチングでは利用できません。Clean Rooms 上で Entity Resolution を使う場合は課金軸が変わり、データ準備が処理レコード 1,000 件あたり 0.10 USD、データマッチングがルールベース方式では一致したレコード 1,000 件あたり 0.50 USD で、これにコラボレーションあたりのデータマッチング基本料金 100 USD が加わります (基本料金が発生するのはルールベース方式のみ)。プロバイダーベース方式のデータマッチングは処理レコード 1,000 件あたり 0.10 USD です。いずれの場合も、入力データを置く S3 と AWS Glue Data Catalog の標準料金が別途発生します。

データ準備とスキーママッピング

顧客データの名寄せを行うには、まず入力データを整える必要があります。複数のシステムに散らばった顧客情報は、項目名や形式がばらばらなことが多いため、どの項目が氏名・メール・住所・電話番号に当たるかを対応づけるスキーママッピングを行います。表記の揺れを整える正規化も、マッチング精度を高めるうえで重要です。たとえば、住所の書き方や全角・半角の違いをそろえます。入力データの品質が、名寄せの結果を大きく左右します。マッチングの前段でデータを丁寧に準備することが、精度の高いエンティティ解決の前提になります。

マッチング精度の調整と結果の解釈

名寄せの精度は、方式ごとに違う手がかりで調整します (公式ドキュメント記載・2026 年 8 月時点)。ルールベースでは、ルールを階層的に並べた順序そのものが精度の指標になります。出力された一致グループには、その組み合わせを生んだルールの番号が付くため、ルール 1 で一致したレコードはルール 2 で一致したレコードより精密に突合されたと解釈できます。どこまでを同一とみなすかは、各ルールの条件を厳しくするか緩めるか、どの順序で並べるかで制御します。一方 ML ベースでは、一致グループごとに 0.0 から 1.0 の確信度スコアが出力されます。このスコアはモデルが同一エンティティと判断した確からしさを表す出力値で、モデル自体をカスタマイズすることはできません。そのため精度の調整は、モデルを学習し直すのではなく、出力されたスコアをどこで線引きして後段の処理へ渡すかという設計で行います。また入力データの正規化は既定で有効になっており、特殊文字や余分な空白の除去と小文字化が自動的に適用されます。必要に応じて無効にもできますが、表記揺れの吸収に効くため通常は有効のまま使います。誤って別人を統合するリスクと、同一人物を取りこぼすリスクのバランスを取りながら、用途に応じて方式と線引きを調整することが重要です。

プライバシーとガバナンス

顧客データの名寄せは、機微な個人情報を扱うため、プライバシーへの配慮が不可欠です。Entity Resolution は、データを自分の管理下に置いたまま処理できる仕組みを備え、データを外部へ移動させずに名寄せを行えます。これにより、データの所在を自社内に保ちつつ、安全に統合できます。扱う個人情報については、収集の目的や利用の同意の範囲を守り、適用される法令を遵守します。誰がどのデータにアクセスしたかを管理し、目的外の利用を防ぎます。利便性のためにデータを統合する一方で、顧客のプライバシーを守る統制を両立させることが求められます。

統合と活用

名寄せによって統合された顧客プロファイルは、さまざまな場面で活用できます。複数のチャネルに分散していた行動履歴を一人の顧客として束ねることで、その人の全体像を把握でき、一貫した対応が可能になります。マーケティングでは、重複を排除した正確なターゲティングや、チャネルをまたいだ施策につながります。分析基盤と連携させれば、顧客単位での正確な集計や、生涯価値の評価ができます。複数の企業がデータを安全に突き合わせる仕組みと組み合わせる用途もあります。統合された顧客像が、データ活用の質を一段引き上げます。

まとめ - Entity Resolution の活用指針

AWS Entity Resolution は、分散した顧客データの名寄せをマネージドサービスで実現します。ルールベースによる精密な制御、ML ベースによる自動的な表記揺れ処理、データサービスプロバイダーの識別子を使った突合という 3 種類のマッチングワークフローを選べること、識別子体系をまたぐ ID マッピングワークフローを備えること、Clean Rooms との統合によりデータを共有せずに突合できることが主な強みです。複数システムに顧客データが分散しており、統一的な顧客ビューの構築が課題になっている組織に適しています。

参考資料 (AWS 公式)

本ページの一次情報は AWS 公式サイトおよび公式ドキュメントです。最新の仕様 / 料金は次の公式ページで確認できます。

本ページと公式ドキュメントの記述が食い違う場合は、公式ドキュメントを正としてください。