AWS Graviton とカスタムシリコン戦略 - 自社設計チップが塗り替えるクラウドの経済性

AWS が自社設計した Arm ベースの Graviton プロセッサと、Inferentia・Trainium などの AI 向けカスタムシリコンが、クラウドのコスト構造とパフォーマンスをどう変えているかを Azure・GCP と比較します。

クラウドプロバイダーがチップを自社設計する理由

クラウドコンピューティングのコスト構造において、サーバーのプロセッサは最も大きなコスト要因の一つです。従来、クラウドプロバイダーは Intel や AMD から汎用プロセッサを購入し、サーバーに搭載していました。しかし、汎用プロセッサはあらゆるワークロードに対応するよう設計されているため、特定のクラウドワークロードに対しては過剰な機能を持ち、電力効率やコスト効率が最適ではありません。AWS はこの問題に対して、自社でプロセッサを設計するという根本的なアプローチを選択しました。2018 年に初代 Graviton プロセッサを発表し、2019 年に Graviton2、2022 年に Graviton3、2023 年に Graviton4 と、急速に世代を重ねています。Arm アーキテクチャをベースに、クラウドワークロードに最適化された設計を行うことで、Intel/AMD の x86 プロセッサと比較して最大 40% のコストパフォーマンス向上を実現しています。

Graviton の技術的優位性

Graviton プロセッサの優位性は、単なる価格の安さではなく、クラウドワークロードに特化した設計にあります。Graviton4 は 96 コアを搭載し、Graviton3 と比較してコンピューティング性能が最大 30% 向上、メモリ帯域幅が 75% 向上しています。Arm アーキテクチャの採用により、x86 と比較してコアあたりの電力消費が低く、同じ電力予算でより多くのコアを搭載できます。これは、Web サーバー、コンテナ、マイクロサービスなど、多数の並列リクエストを処理するクラウドワークロードに適した特性です。Graviton は AWS のクラウド環境に最適化されているため、Nitro System との統合が深く、ネットワーク I/O やストレージ I/O の処理効率も高くなっています。汎用プロセッサでは実現できない、ハードウェアスタック全体の最適化が可能です。実際のベンチマークでは、Graviton ベースのインスタンス (C7g、M7g、R7g) は、同等の Intel/AMD ベースのインスタンスと比較して、多くのワークロードで同等以上の性能を発揮しつつ、料金は約 20% 安価です。

Azure と GCP のカスタムシリコン戦略との比較

Azure は長らく Intel と AMD の汎用プロセッサに依存してきましたが、2023 年に自社設計の Arm ベースプロセッサ「Cobalt 100」を発表しました。128 コアを搭載し、汎用ワークロード向けに設計されています。しかし、Cobalt 100 は AWS の Graviton と比較すると後発であり、市場での実績と最適化の蓄積で差があります。Graviton は 2018 年の初代から 4 世代を重ねており、各世代でクラウドワークロードからのフィードバックを設計に反映しています。Azure の Maia 100 は AI ワークロード向けのカスタムチップですが、こちらも市場投入が始まったばかりです。GCP は TPU (Tensor Processing Unit) を 2016 年から提供しており、AI/ML ワークロード向けのカスタムシリコンでは先行しています。TPU は Google の内部ワークロード (検索、翻訳、YouTube の推薦) で大規模に使用されており、実績は豊富です。しかし、TPU は AI/ML に特化しており、汎用コンピューティング向けのカスタムプロセッサは提供していません。GCP の汎用インスタンスは Intel と AMD のプロセッサに依存しています。AWS の強みは、汎用コンピューティング (Graviton)、AI 推論 (Inferentia)、AI 学習 (Trainium) のすべてにカスタムシリコンを提供している点です。この包括的なカスタムシリコン戦略は、Azure にも GCP にもない AWS 独自のアプローチです。

Inferentia と Trainium - AI 時代のカスタムシリコン

生成 AI の急速な普及により、AI ワークロードのコンピューティング需要が爆発的に増加しています。NVIDIA の GPU は AI ワークロードの事実上の標準ですが、需要の急増により供給が逼迫し、価格が高騰しています。AWS はこの課題に対して、AI 推論向けの Inferentia と AI 学習向けの Trainium という 2 つのカスタムチップを開発しました。Inferentia2 は、推論ワークロードにおいて同等の GPU インスタンスと比較して最大 50% のコスト削減を実現します。大規模言語モデル (LLM) の推論、画像認識、自然言語処理など、学習済みモデルを本番環境で実行するワークロードに最適化されています。Trainium2 は、大規模モデルの学習向けに設計されており、数千億パラメータのモデルを効率的に学習できます。AWS は Trainium2 を搭載した UltraCluster を構築し、最大 10 万チップを相互接続した大規模学習環境を提供しています。これらのカスタムチップは、NVIDIA GPU への依存を減らし、AI ワークロードのコスト構造を根本から変える可能性を持っています。NVIDIA GPU も引き続き提供されるため、ユーザーは GPU とカスタムチップを要件に応じて使い分けることができます。

カスタムシリコンの経済的インパクト

カスタムシリコン戦略の経済的インパクトは、単なるチップの価格差にとどまりません。自社設計チップを使用することで、AWS は Intel や AMD へのライセンス料やマージンを排除し、チップのコスト構造を直接制御できます。この節約分は、インスタンス料金の引き下げという形でユーザーに還元されます。Graviton ベースのインスタンスが x86 ベースと比較して約 20% 安価なのは、この構造的なコスト優位性の反映です。さらに、電力効率の向上はデータセンターの運用コストを削減します。Arm ベースの Graviton は x86 と比較してワットあたりの性能が高く、同じ処理能力を低い電力消費で実現できます。データセンターの電力コストと冷却コストは運用費用の大きな割合を占めるため、この効率改善は長期的なコスト構造に大きく影響します。AWS の年間サーバー調達量を考えると、チップ 1 個あたりのわずかなコスト差が、全体では数十億ドル規模の経済的インパクトになります。この規模の経済は、カスタムシリコンへの継続的な投資を正当化し、さらなる性能向上とコスト削減のサイクルを生み出しています。

移行の容易さとエコシステムの成熟

カスタムシリコンの優位性がいくら高くても、既存のワークロードを移行できなければ意味がありません。Graviton への移行は、多くのワークロードで比較的容易です。Linux ベースのワークロードは、Arm 対応のバイナリに再コンパイルするだけで動作するケースが多く、コンテナ化されたワークロードはマルチアーキテクチャイメージを使用することで、x86 と Graviton の両方で実行できます。AWS は Graviton への移行を支援するツールとドキュメントを充実させています。Graviton Ready プログラムでは、主要なソフトウェアベンダーが Graviton での動作検証を完了しており、互換性の確認が容易です。Amazon Linux 2023、Ubuntu、Red Hat Enterprise Linux などの主要 OS は Arm ネイティブで提供されています。RDS、ElastiCache、OpenSearch Service などのマネージドサービスも Graviton ベースのインスタンスを選択でき、アプリケーションコードの変更なしにコストパフォーマンスの向上を享受できます。このエコシステムの成熟度は、Graviton が 4 世代を重ねる中で段階的に構築されてきたものであり、後発の Azure Cobalt がすぐに追いつけるものではありません。 プロセッサ技術とクラウドの関係を学ぶには関連書籍 (Amazon) も参考になります。

まとめ

AWS のカスタムシリコン戦略は、汎用コンピューティング (Graviton)、AI 推論 (Inferentia)、AI 学習 (Trainium) の 3 領域をカバーする包括的なアプローチです。Graviton は 4 世代の進化を経て、x86 プロセッサと比較して最大 40% のコストパフォーマンス向上を実現し、エコシステムの成熟度も高まっています。Azure の Cobalt 100 と Maia 100 は後発であり実績の蓄積で差があります。GCP の TPU は AI 領域で先行していますが、汎用コンピューティング向けのカスタムシリコンは持ちません。クラウドのコスト構造を根本から変えるカスタムシリコン戦略において、AWS は最も包括的かつ成熟したポジションにあります。

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