AWS はなぜそこにリージョンを建てるのか - データセンター立地選定の知られざる判断基準

AWS がリージョンの立地を決定する際に考慮する電力供給、地政学リスク、データ主権法制、ネットワーク接続性、自然災害リスクなどの判断基準を、具体的なリージョンの事例とともに解説します。

リージョン開設は数年がかりの巨大プロジェクト

AWS が新しいリージョンを開設するまでには、発表から稼働開始まで通常 2〜3 年を要します。この期間に、土地の取得、電力インフラの整備、建物の建設、ネットワーク敷設、ハードウェアの搬入と設置、ソフトウェアのデプロイ、セキュリティ認証の取得という膨大なプロセスが進行します。1 つのリージョンは最低 3 つの Availability Zone で構成され、各 AZ は 1 つ以上のデータセンターで構成されます。つまり、リージョン 1 つの開設は、最低 3 つのデータセンター群を同時に建設するプロジェクトです。AWS は 2024 年時点で 33 リージョンを運用しており、さらに複数のリージョンの開設を発表しています。各リージョンの投資額は公表されていませんが、業界の推定では 1 リージョンあたり数十億ドル規模の投資が必要とされています。この巨額の投資を回収するには、そのリージョンで十分な需要が見込めることが大前提です。

電力 - データセンターの最大のコスト要因

データセンターの運用コストの 30〜40% は電力です。AWS がリージョンの立地を選定する際、安定した電力供給と電力コストは最重要の判断基準です。米国バージニア州北部 (us-east-1) は世界最大のデータセンター集積地ですが、これは偶然ではありません。バージニア州は電力料金が全米平均より安く、複数の電力会社が競合しているため供給の冗長性が高く、さらに連邦政府機関が集中するワシントン D.C. に近いという立地条件が揃っています。北欧のリージョン (ストックホルム) は、水力発電による安価で再生可能な電力が豊富です。気温が低いため冷却コストも削減でき、PUE (Power Usage Effectiveness) を低く抑えられます。AWS は 2025 年までに事業全体を 100% 再生可能エネルギーで賄う目標を掲げており、再生可能エネルギーの調達可能性もリージョン選定の重要な要素になっています。中東のリージョン (バーレーン、UAE) は電力コストが安い一方、冷却コストが高いという特性があります。気温が 50℃ を超える環境でのデータセンター冷却は技術的な課題であり、AWS は蒸発冷却や液浸冷却などの先進的な冷却技術を導入しています。

データ主権とコンプライアンス - 法律がリージョンを生む

近年のリージョン開設の最大の推進力は、各国のデータ主権法制です。EU の GDPR (一般データ保護規則) は、EU 市民の個人データを EU 域外に移転する際に厳格な条件を課しています。この規制に対応するため、AWS はフランクフルト、アイルランド、パリ、ミラノ、スペイン、チューリッヒと、EU 域内に 6 つのリージョンを展開しています。中国では、外国企業がクラウドサービスを直接提供することが法律で禁止されているため、AWS は中国のパートナー企業 (北京リージョンは Sinnet、寧夏リージョンは NWCD) を通じてサービスを提供しています。中国リージョンは他のリージョンとは完全に分離されたインフラで運用されており、AWS アカウントも別です。インドネシア、マレーシア、タイなど東南アジア諸国でも、政府データや金融データの国内保存を義務付ける法律が相次いで施行されており、AWS はこれらの国にリージョンを開設しています。データ主権法制は今後も強化される傾向にあり、AWS のリージョン展開はこの法的要請に追従する形で加速しています。

自然災害リスクと AZ の物理的分離

AWS が AZ を設計する際、自然災害のリスク評価は極めて詳細に行われます。同一リージョン内の AZ は、単一の自然災害で複数の AZ が同時に被災しないよう、地理的に分散配置されます。具体的には、AZ 間の距離は数十キロメートル以上離れていますが、ネットワークレイテンシが 2ms 以下に収まる範囲に配置されます。この「十分に離れているが、十分に近い」という絶妙な距離設計が、耐障害性と低レイテンシの両立を可能にしています。東京リージョン (ap-northeast-1) は、日本が地震大国であることを考慮した設計がなされています。各 AZ は異なる地盤条件の場所に配置され、建物は日本の耐震基準を上回る設計で建設されています。2011 年の東日本大震災の際、東京リージョンは大きな被害を受けずに稼働を継続しました。洪水リスクも重要な考慮事項です。データセンターは河川の氾濫原を避けて建設され、万が一の浸水に備えて電力設備や通信設備は建物の上層階に配置されます。2021 年にヨーロッパで発生した大規模洪水では、一部のクラウドプロバイダーのデータセンターが被害を受けましたが、AWS のヨーロッパリージョンは影響を受けませんでした。

ネットワーク接続性と海底ケーブル

リージョンの価値は、そのリージョンにどれだけ高速にアクセスできるかで決まります。AWS は自社で海底ケーブルを敷設・投資しており、リージョン間を専用の高帯域ネットワークで接続しています。新しいリージョンの立地選定では、既存の海底ケーブルの陸揚げ地点との近接性が重要な要素です。シンガポールリージョンが東南アジアのハブとして機能しているのは、シンガポールが世界有数の海底ケーブルの集積地であり、アジア太平洋地域のほぼすべての国と高速な接続が可能だからです。同様に、アイルランドリージョンは大西洋横断海底ケーブルの欧州側の主要陸揚げ地点に近く、北米と欧州を結ぶトラフィックのハブとして機能しています。AWS は CloudFront の 600 以上のエッジロケーションと、Global Accelerator の Anycast IP を組み合わせて、リージョンから遠い場所のユーザーにも低レイテンシのアクセスを提供しています。リージョンの立地選定は、単にデータセンターを建てる場所を決めるだけでなく、グローバルネットワーク全体の最適化を考慮した戦略的な意思決定です。クラウドインフラの設計思想を深く理解するには、専門書籍 (Amazon)が参考になります。